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2009/05/03 08:42
「愛しあってるかい」のフレーズで一世を風靡し、日本のキング・オブ・ロックと称えられた歌手、忌野清志郎(いまわの・きよしろう=本名・栗原清志)さんが2日午前0時51分、がん性リンパ管症のため都内の病院で死去した。58歳だった。清志郎さんは2006年7月に喉頭(こうとう)がんであることをHPで公表。その後、08年2月に東京・日本武道館公演を行い復活したが、同年7月に左腸骨にがんが転移し、再入院。感動を与え続けた不屈のロック魂が天国へ旅立った。
一度は克服したがんだった。再び、ステージに立つことを夢に見、不屈のロック魂で病魔に立ち向かった清志郎さんが、ついに、力尽きた。
関係者によると、夫人の景子さん(53)と長男の竜平(たっぺい)さん(20)、長女の百世(ももよ)さん(17)ら家族が最期を看取ったという。
最初にがんが見つかったのは06年7月。医師から声帯摘出手術を勧められたが、歌手生命が絶たれることから拒否、放射線治療を選んだ。玄米菜食法や漢方など民間療法も取り入れ、克服。07年12月「ジョン・レノン・スーパーライヴ」で1年半ぶりに復活を遂げた。
「完全復活祭」と銘打った08年2月の単独公演では、竜平さん、百世さんがサプライズでステージにあがり、清志郎さんに花束を贈呈。2人が幼少のころ、スタジオに呼び寄せ一緒にレコーディングするほど子煩悩で、家族思いだった清志郎さんが、思わず落涙するシーンもあった。
同年7月、がんが再び清志郎さんを襲う。左の腸骨に転移し、治療に専念するため、同夏に予定していた野外ライブやイベントをキャンセル。再入院の際の直筆メッセージに「このくらいのことは覚悟してたんで、ぜんぜんヘコんでないから」と気丈に綴っていた。
高校のとき、「RCサクセション」を結成。どぎついメークと派手な衣装のステージが注目を集め、ヒット曲を連発。ソロに転向後は、俳優にも挑戦した。
昨年11月20日の東京・青山のブルーノート東京。92年にバンドを組んだ縁で、米ソウル歌手、ブッカーT&THE MG’sの来日公演に姿を見せた。メンバーに請われ、「え〜聞いてないよ」と言いながらも、「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」「ソウルメン」の2曲を披露。最後の熱唱だった。
「ベイベー」「愛してます」「愛しあってるかい」。清志郎さんがステージからかすれた声で叫ぶ、あのキメぜりふはもう2度と聞けない。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/music/249738/
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