クリスタルは1973年、当時ニューヨーク市内で荒廃した地域だったイーストビレッジ(East Village)のバーでCBGBを始めた。店の名前は、当初アコースティック音楽を楽しむライブハウスとして始まったため、カントリー、ブルーグラス、ブルース(Country, Bluegrass and Blues)の頭文字から取られた。その後、当時無名だった若手ロックバンド、テレビジョン(Television)とラモーンズ(The Ramones)に出演を許可したことをきかっけに、アンダーグラウンド音楽とパンクロックの中心地となっていった。また、クリスタルは出演バンドにオリジナル曲の演奏を要求したため、才能が未熟な若者たちを魅了した。
■ロック界の助産婦
現在では有名になったパティ・スミス(Patti Smith)と「パンクのゴットファザー」と呼ばれるラモーンズのバンド活動は、ブロンディ(Blondie)やトーキング・ヘッズ(Talking Heads)と同様にこのライブハウスから始まった。ニューヨークタイムズ紙(New York Times)はクリスタルを「ロック界の助産婦」と呼んでいた。