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  • ザ・コラム

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地震に関する事をはじめ、私HM@京都が生活の中で感じた事柄をコラム的に書き綴りアップしています。
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sage

  • [151]
  • 【2日目】 3月8日(火) その24(追記)

  • 投稿者:HM@京都
  • 投稿日:2016年 5月20日(金)09時37分57秒
 
釜石から気仙沼へ
~ タクちゃん ~


オーダーメイドの『タクちゃんばし』が出来上がった。とは言っても既製品にネームを入れてもらっただけの品だ。

インターネットで探してみたが、ネーム入れ可能な水色の箸が見つからないため、地元の箸専門ショップに行ってみた。
しかし、ネーム入れ可能な水色の箸は無く、仕方がないから緑色の箸を選び、ネームを入れていただいた。

アザラシチック・・・というよりは、どちらかと言えばトドといった感じのタクちゃん。

■嵯峨野のタクちゃん


パソコンや携帯電話の事をはじめ、いろいろとお世話になった。
君がいてくれるおかげで実にいい旅が出来た。心から感謝申し上げる。

タクちゃん、どうもありがとう。


ちなみに彼は48歳の独身だ。風貌はこんなものだが、心の優しさといい腹の出っ張り具合といい、とってもいいヤツだ。
そんな彼にお似合いの、素敵な女性がいらっしゃいましたら皆さんよろしくネ。


*** 続く ***




  • [150]
  • 【2日目】 3月8日(火) その24

  • 投稿者:HM@京都
  • 投稿日:2016年 5月20日(金)09時10分27秒
 
その他の写真2/2

  • [149]
  • 【2日目】 3月8日(火) その24

  • 投稿者:HM@京都
  • 投稿日:2016年 5月20日(金)09時09分45秒
 
その他の写真1

  • [148]
  • 【2日目】 3月8日(火) その24

  • 投稿者:HM@京都
  • 投稿日:2016年 5月20日(金)09時07分22秒
 
釜石から気仙沼へ
~ ウタちゃん ~


気仙沼を発ってから30分以上は経った頃だろうか。被災した高架橋梁が姿を現した。
コンクリート製の橋梁半ばが完全に崩れ落ち、断面がむき出しになっていた。
その断面の形状から見て、橋梁上には鉄道の線路が敷設されていたのだろう。
しかし見たところ、その敷設されていたはずの線路は見当たらない。
ということは、津波はこの高架橋梁の上を乗り越えて線路もろとも流し去ったという事なのか・・・。

そして新たに高架橋を架け直すのか、それともまた異なる施設だろうか。
震災遺構とも言えるその残骸のすぐ間際では橋梁の新設工事が始まっていた。
そして建設中の橋げたの高さは、被災した既存の橋梁のものよりも更に数メートル高められていた。

地球が生きている限り、いずれ再びこの地を巨大津波が来襲する時が来るのだろう。
その時、この嵩上げした数メートルの高さが功を来す事を願わずにはいられない。


小高い盛土の上にコンクリートの瓦礫が集めて置かれている。建築物の基礎部分の残骸ようだ。
コンクリートの塊りから突き出た鉄骨が並ぶ光景を遠目で見ると、なんとなく外国の墓地を連想させられる。


植わっていた木々が根こそぎ流されてしまったのだろうか、海岸沿いの小高い丘の上の辺りだけに木々を残した状態の光景を目にした。
ドライバーさんの話しによると、木々は流されたわけではなく、浸水で荒れてしまったところを伐採して整えた結果だそうだ。
確かに、よく見ると木々の根本が高さを揃えて残っており、人の手で伐採された事が窺えた。


気仙沼を出てから約1時間。車の速度を落とし、フロントガラス越しに見える水色の橋を指さして教えて下さった。

「あれがウタちゃん橋ですよ」

そうドライバーさんから聞いた時、実はピンと来なかった。内心「ウタちゃん橋?なんだそれ??」と思いながら話しを伺うと、
この橋(旧称:汐見橋)がかかる川(伊里前川)に、以前子供のアザラシがやって来た事があったそうだ。

■歌津のウタちゃん



当時、この川にアザラシの子供がやってくる少し前には首都圏の多摩川でも同じように子供のアザラシが姿を見せていた。
“タマちゃん”の愛称で親しまれて話題となっており、ご覧の方々も記憶にあるのではないだろうか。

そんなホットな話題に世間が盛り上がる中、同じくアザラシの子供がこの地にもやってきたものだから一気にフィーバーが巻き起こった。
当時の地域名だった“歌津町”にちなんで“ウタちゃん”と名付けられ、こちらもタマちゃん同様に時の話題となっていたそうだ。

それ以来この橋は“ウタちゃん橋”と改称され、その当時のまま今に残されているのだそうだ。
全体を水色に塗装された橋の側面に、ほんわかとした太丸ゴシック調の書体で白く大きく“ウタちゃんはし”と書かれてある。


ウタちゃんのその後の事を聞くと、ドライバーさんも知らないとの事。
二人してあの日の津波にやられてなければいいが・・・などと、まるで縁起でもない会話になってしまった。

しかしながら後に調べたところ、ウタちゃんは震災年から遡る事9年も前の2002年9月19日にやって来た後、
わずか3日間で現地から姿を消したそうで、その時期から察するにあの津波で被災した訳ではなさそうでホッとした。


橋の名前と色まで替えるほどの経済効果を歌津町にもたらした子供アザラシのウタちゃん。
わずか3日間の滞在とはいえ、地域にとって実に有り難い存在だった事だろう。


アザラシと言えば、私の店にもアザラシが一頭いる。
ウタちゃんほどの経済効果は望めないが、一週間にも及ぶ今回の旅を無事に終える事が出来たのは、実はこのアザラシが居てくれるからだ。

従業員の拓ちゃんはその風貌といい、動きといい、なんとなくアザラシチックだ。
拓ちゃんが居てくれるからこそ、私も安心して旅に出られた訳だ。

そうだ。彼の功績を労い、ウタちゃんにあやかって“タクちゃんばし”でも作ってやるか。
同じ“はし”でも“橋”ではなく“箸”がいいだろう。早速オーダーメイドで『タクちゃんばし』を注文しよう。


*** 続く ***